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准教授風見幽香さんのお話2 

ちょっと前に書いたあれこれ開放シリーズ たる先面編。
准教授風見幽香と忘れられた置き傘②





―3号館の忘れ傘― 
 この東方大学では多くの学生・教員・その他さまざまな職員が生活を送っている。これだけの規模の共同生活の場だ、忘れ物をする者がいてもおかしくはない。
 そうそれが常日頃から使っている物でなければ尚更のこと。特に梅雨明けの、季節の変わり目の様な時期は天気が変わりやすいので「傘」の忘れ物がすこぶる多くなる。
学校側としても忘れ傘の処分は非常に面倒な作業だった。理由はいくつかあるが、一つは忘れ物として一時保管しなければいけない事、二つ目に大抵の場合が持ち主が現れないという事、そして三つ目にその量だ。
最終的には事務の者が書類にまとめて不燃物で処理する、とても面倒な作業だ。毎年この時期になると学生課の事務員達は頭を抱えて〈忘れ傘を無くそう〉というポスターを出すほどだったのだ。
ところがこの3号館の管理人だけは例外で、その作業がずぼらだった。
あまりに多い忘れ傘とずぼらな管理人のせいで、ここの忘れ傘は放置されっぱなしになっていたのだ。だからここだけはいつも傘立てがぎゅうぎゅうになっていて、その機能を果たしていなかった。
そこをある日、真面目な女学生が学生課に文句を言ったそうなのだ。しかし対応は悪く、いずれ片付けるという返答しか返ってこなかった。
そこでその女学生は管理人の代わりに忘れ傘の処理だけでも自分でしようと活動をする。その女学生は鮮やかなルージュの傘をいつも差していた。とてもお気に入りだったのだろう、雨の日はその傘を差してご機嫌で闊歩する姿を見かけることができた。そんな彼女だからこそ傘が粗末に扱われることが許せなかったのだ。
それから毎日のように彼女は同じ学び舎の学生達に「忘れ傘しないでよ?」と声をかけるようになった。彼女の熱意が伝わってか「はいはいー」「わかってますよー」などと軽口を叩きながらも、明らかに忘れ傘の数は減っていた。そんな彼女の頑張りが報われようとしていた時に…事件は起こった。 
その日も雨だった。彼女はいつものように学生達に注意がけを行うと、一人忘れ傘の整理をしていた。その日は一週間分の忘れ傘を整理していたのでかなりの時間が経過していた。いつの間にか3号館の館内には彼女一人になってしまっていた。時計を見るともう夕飯の時間はとうに過ぎている。彼女は急いで作業を終わらせ、帰り支度を始めた。
その時だった、彼女は背後におぞましい気配を感じとった。はっと振り返った彼女の視線の先には、涎を垂らし呼吸を荒くして、目をギラつかせた男が立っていた。それは男なのかすらわからない。恐ろしい人の形をした何か。
彼女は恐怖した、恐怖して悲鳴すら上げることができなかった。そして次の瞬間、腹部にドスンという衝撃。それっきりだった…
翌日、彼女は冷たい変わり果てた姿となって発見された。犯人はすぐに捕まった。狂った通り魔だった。たまたま通りがかった3号館に入ってたまたまそこにいた彼女を殺害したのだ。
床一面に流れ出た血液。亡骸の腹部には、彼女のお気に入りのルージュの傘が突き刺さっていた。まるでその傘が彼女の血を吸い取っているかのようだと、発見者は語ったそうだ。とても無残で悲しい事件。しかし、事件はここでおわりではなかった…
それからというものこの3号館によからぬモノを見たと言う者が続出した。最後に残った者が帰る頃、入り口の傘立ての前に立つとどこからともなく…
―――忘れないで… 持って帰って―――
と声が聞こえるようになった。そしてだんだんと声は大きくなり、暗闇からすぅっと、傘がお腹に刺さったままの女性の姿が……
 
「後ろだぁ!」
「ぎゃわぁっぁぁああああああああああ!」
「うわぁ!」
いきなり文が穣子を指差して大声を上げた。穣子は心底びっくりしたようで隣にいた静葉に飛びつく。口をパクパクとさせて半分涙目になっていた。
静葉は怪談に恐怖したというよりは穣子のタックルの方がびっくりしたようだった。話の途中までは静葉も身構えてはいたが、自分よりも恐怖するものがすぐ近くにいると不思議と落ち着いてしまうものだ。
「はっはっはっは、妹さんはいい反応してくれるなぁ~。いやはや、語り甲斐がありますね」
対する文はニタニタと笑っている。自分の語った怪談に恐怖した者のリアクションというのは語り手にとって、これ以上無い最大級の見返りだ。
「ふむ。穣子、今の話だけどね」
「ふぁ…はい?」
噛んだ。見ると小刻みに震えている。
私も声のトーンを落として、思いっきり深刻な顔をして穣子に話しかける。
「最後の女学生が殺害されるところ、おかしくなかった?なぜ彼女の視点からの語りが含まれているのか…そこには犯人と彼女しかいなかったわけでしょ?…なぜそんなに鮮明に語ることができるのかしら」
「え…それは、えっと」
そんなもの、この話を作った者の視点で話しているからに決まっている。
それに実際そんな警察沙汰の殺人事件が起こっていたならば、いくらなんでも私の耳に入らないわけがない。二時間もののサスペンスドラマよろしく、校内上層部で隠蔽するような事件なんてそうそうあるものじゃない。なんだが…
「そんなことを話すことができる者なんて当事者以外いるわけがないじゃない。今の話を語ったのは…彼女本人なんじゃないのかしら?」
「う…うぇ?」
さっきの話ですで軽くパニックになっている穣子は、こんな他愛もない話でも真に受けてしまう。
静葉は「うわぁ…」と怪訝な表情。さすがに気づくか。穣子め、私のことを世間知らずの箱入りな扱いをした報いを受けるがいい。
「成仏できない彼女は…今もここで学生に混じって生活を続けているんじゃないかしら?無念だと、自分が殺された状況を語っているのよ…腹に真っ赤な傘が刺さったまま。もしかしたら今も物陰から見ているのかもしれない。気をつけなさい、一人になった時、もし背後に気配を感じたら…」
「うえぇっぇえ!もう許じてぐだざいぃぃぃ…」
と、追い討ちをかけてみた。即興で作った話の割にはいい顔で泣いてくれる。穣子はペタンと腰を落とし、へたれ込んでしまった。ふふん、可愛い怯え方だ。
穣子は静葉のスカートにしがみ付いてふるふると震えている。スカートがしわになるんじゃないかというくらい強く握っているみたいだが、静葉は何も言わず「よしよし」と頭を撫でている。まったく仲のいい姉妹だ。
「その殺された女学生の亡霊が、今もこの3号館を彷徨っているとでも…言うのだろうか…」
文が横から話を締めくくってきた。腕を組んでうんうんと頷いている。
「そのくくり方はその…やめといた方がいいわ」
そしてどこからともなくメモ帳を取り出すと何やらいそいそと書き込み始める。おいおい、まさか今の私の件(くだり)を持っていくつもりじゃないだろうな。穣子だからこそ怖がった話だと思うぞ。
「というか穣子はこの話知っていたんじゃないの?」
知らなかった私を差し置いて、この娘が一番怖がっていた。
「うぅ、そんなこと言ったって~」
「この娘は好奇心は強いけどものすごく怖がりですからね」
確かにこの娘は自分から向かうくせに臆病なところがある。
「話はわかったわ。それで、今の話を新聞として出すつもりなの?」
話を聞いた限りどこにでもありそうな怪談話だ。これをそのまま校内新聞として出せばゴシップ週刊誌顔負けの学級新聞のできあがりだ。いや、今までそんな記事を平然と出してきたのが文なわけだが。
「まさか。これをそのまま書いたって何にも面白くないじゃないですか。とりあえずはその目撃者を探して、インタビュー。そして検証と犯人探しをします」
と、それっぽいことを並べる我らが校内新聞担当。検証と犯人探しって言ったって、どうするつもりなのだろう。できれば関わりたくない。
「でも今の怪談じゃないですけど、確かに不審者がうろついている可能性もありますよね。ちょっと怖いです」
静葉が不安そうに言った。確かにそうなのだが、それなら職員課の警備担当にでも問い合わせればいい。確か警備担当には文の親戚がいたと思う。
「犯人探しはいいけど、ここにはその幽霊の目撃者はいないみたいよ?私なんて怪談の内容すら知らなかったんだから。とりあえずは警備担当に問い合わせて警備の強化を申告してみたら?」
 「何を甘っちょろいことを言っていらっしゃいますか!これはここ3号館で起きている事件なんですよ!私達の生活の場は私達で守るべきじゃないんですか!?」
 バシンと机を叩いて力説しだす。こいつはいったい何を言っているんだ。それにいつの間にか噂が事件にクラスチェンジしている。いけない、これは早くなんとかしないと本当に巻き込まれかねない。どうにかして話の流れを変えなければ。
 「私はもう嫌ですよ~。それに暗くなっちゃったし早く帰りたいです。うぅ…今日は一人でトイレに行けないよぉ…」
少し落ち着いたのか、近くにあった椅子に腰掛け鼻をぐすぐすいわせている。いいぞ穣子、その否定の意見を待っていた。流石は私の…ん?ちょっと待って。今なんて言った?暗くなった?
ばっと立ち上がり、私は窓の方へ振り返った。反動で椅子が勢いよく壁にぶつかる音がする。窓の外を見ればそこには漆黒の空が辺りを蒼く染め上げていた。
少し離れたところには外灯がポツンと一つ。そこは羽を大きく振り、踊り狂う蟲たちの晴れ舞台となっている。そんな馬鹿な、さっきまで茜色にもなっていなかったはず。まだ初夏だというのに、こんなに早く日が沈むわけがない。時計をみると文が来てからもう数時間経っていた。
「あああ!もうこんな時間じゃないの!」
「あやや、すっかり話し込んでしまいました」
しまった。ちょっとした小休止のつもりが大休止になってしまった。こんなはずじゃなかったのに。
「もう真っ暗ですねー」
静葉はぴょんと窓枠に上半身だけ乗り出しての辺りを見渡している。後ろ姿はこれからすぐに鉄棒をしますよと言わんばかりのキュートなお尻だ。
「そうじゃなくて!どうしてくれるのよ!今日の分が全然終わってないじゃない!」
部屋の奥にまだ山積みにされている段ボールを見る。私は文の胸倉を掴み、がくがくと揺すった。
なんとか今日明日で終わらせる計画が狂ってしまう。早く整理して、報告書を職員課に提出しなければいけないのに。これも全部文のせいだ!
「そんなこと言ったって…幽香さんだって最後はノリノリだったじゃないですか!」
がくがく揺さぶられながらも反論してくる文。
「提出期限が今週中なのよ!間に合わなかったらどうするの!」 
そうなのだ。上半期報告書の提出期限が今週中までとなっている。これが遅れたりギリギリになってしまうと、また職員課の四季にねっとりとお小言を言われてしまう。あの課長は融通が利かないから嫌いだ。
「そ、そんなこと…知らないですよ!大体一ヶ月前から通知は出ていたじゃないですか!今まで放っておいた幽香さんが悪いんでしょ!毎年のことなのに!」
「確かに、通知は出てましたね。幽香さんは完全に無視を決め込んでいましたが」
そんな、静葉まで敵に回ってしまった。フォローはして欲しいのに。
「究極のアジサイの花を咲かすって夢中でしたもんね…ぐすっ」
鼻を赤くしちゃって、泣くか攻めるかどっちかにしてほしい。
ちなみに究極のアジサイは少し早めの台風に見舞われ、見事に失敗してしまった。やはりまずは温室で行うべきだった。
「やっぱり、そんなことだろうと思いましたよ。ふっ、あわてふためく時間だけは綺麗に割きましたね」
文は私の顔を見てニヤっと笑った。ピキッ。
「ほぉ、なかなかに面白いこと言うじゃないの。私の日傘をあなたの返り血で染めてみましょうか?今度はあなたが亡霊となって新たな怪談を語りなさい」
「ふふ、いいですよぉ?怪談じゃなくて幽香さんの貴重なパンチラショットを校内全体に広めさせてもらいますけどね」
ゴゴゴゴゴゴゴ…
よく口が回る。流石広報に席を置くだけはある。私にここまで軽口を叩くやつはそうはいない。いい度胸だ、今日こそはその性根を叩きなおして…
「もう、二人とも!じゃれ合わないで下さい。からかわないで下さいよ文さん。幽香さんも、現実逃避してないでさっさとやっちゃいましょうよ」
一人冷静な静葉が場を収める。流石に長い付き合いになるとよくわかっている。そう言われるとこれ以上遊んでいるわけにもいかない。
「ふんっ!命拾いしたわね。……それとそんな写真本当にあるのかしら?」
こいつのことだ、本当に盗撮していてもおかしくは無い。もし本当に持っていたらガーデンのお花の養分にしてくれる。
「さぁどうですかねぇ~。いつまでも私がやられっぱなしというわけにもいかないですから」
まったく口が減らないやつ。
 しかし本当にすっかり遅くなってしまった。穣子を見ると、もう早く帰りたいと顔に滲み出ている。このまま続けても作業効率は下がるだけだな。あまり無理もさせられない。自分の机にまで戻って深く腰掛け、ため息交じりに決断する。
 「よし。今日はもうおしまい」
 外を見ていた静葉がこちらに振り返る。
 「え、いいんですか?まだだいぶ残っていますけど…」
 確かに。あの書籍と資料と機材の山を見ると憂鬱になる。  
 「ええ。もうこんなに遅くなってしまったし、仕方がないわ。あなた達もお腹空いたでしょ?この時間ならまだぎりぎりラストオーダーに間に合うかもしれない」
 部屋の壁に掛けてある時計に目をやりながら二人に告げる。
 うちの大学には3つの食堂があり、それぞれ特殊な形式をもつ。その中のひとつの一迅は、バイキング形式になっている。それも野菜類が豊富なので、特に女性に人気があった。秋姉妹もよくそこを利用している。
 すっと財布から2千円を取り出して静葉に渡す。
 「はい、今日のお駄賃。遅くまでご苦労さま」
 それを見ていた穣子の顔が曇り顔から一気にぱぁっと明るくなった。現金なやつだな。
「いいんですか?やったー!」
静葉は遠慮がちにこちらを見る。
「本当にいいんですか?頂いてしまって…」
「かまわないわ。その代わりまだみっちり作業が残っているから、明日もお願いね」
もともとは私が放ったらかしにしたせいで招いた事態だから、この娘たちには感謝しなければいけない。
すっと胸ポケットの中からシナモンスティックを取り出して口に咥える。仕事終わりや区切りが付いた時に咥えるようにしている。シナモンの香りを吸うと落ち着く。……ような気がする。
実際香りが精神に及ぼす影響はかなり大きい。私は専門ではないが、昔友人に進められて未だに続けている習慣。今では習慣依存になってしまっているみたいだ。
よくタバコに間違われるが、生憎と私はタバコの煙が嫌いだ。校内の喫煙所はすべて撤去してやりたいくらいだ。
「あやや。では今日は幽香さんと二人きりで犯人探しですね。二人きりなんてドキドキしちゃいますね~」
「………」
こいつの存在を忘れていた。このままだと本当に居座り続けるだろう、どうにかして追い払わないと。というか「今日は」だと?いつのまに私は幽霊探索隊の一員に加わったんだ。承諾した覚えはまったく皆無だ。
「静葉、さっきの小遣い二人で使うと少し余るでしょう。文に恵んでやってちょうだい」
「いいんですか?ひゃっほう!実は今月ピンチだったんですよー」
よし、うまく乗ってくれた。所詮は花より団子。噂でしかない幽霊より目の前の夕飯。これでお腹いっぱいになったら今回の騒動の件も忘れてくれているとありがたいのだけれど。驕りだとわかった瞬間、超高速で身支度を終わらせる。さすが校内最速を謳うだけはある。
「幽香さんはどうするんですか?」
穣子が荷物をまとめながら聞いてくる。帰れると決まってからは動きが俊敏だな。怖がらせておいて言うのもあれだが、そんなに急かれると少しショックだ。
咥えたシナモンスティックを指で摘んで、深く吸い込んだ息を吐き出す。
「ふぅー…そうねぇ。とりあえず出来る分だけのチェックシートは埋めていくわ。終わったら私もすぐ帰るわよ」
机の上に置いてあるチェックシートを捲り、軽く確認する。まだたくさんある、1時間くらいで終わりにして帰ろうと思う。うん、そうしよう。たぶん1時間で飽きる。
「わかりました。あまり無理はしないでくださいね?」
静葉も帰り支度を終えていた。その言葉だけで頑張れる気がしてきた。
「それでは失礼します、帰りには気をつけてくださいねー。幽香さんが最後の一人みたいですから。もし襲われたら慌てず焦らずしっかり捕まえておいてください。殺っちゃわないでくださいよ?」
文は体を半分扉に隠しながら軽口を叩いていた。手をひらひらと振っているあの笑顔が実に憎らしい。私はゴーストバスターか何かか。塩を撒いてやりたい。
「お先に失礼しまーす」
「うーん、また明日ね」
軽く会釈をして、秋姉妹が揃って帰宅の挨拶をする。私も軽く手を振って見送る。
「もう文さん~、せっかく頭から離れかけてたのにぃ。お姉ちゃん、今日一緒に寝ていい?」
「えぇー、まぁいいか。抱き枕にするのはやめてよね」
「ほぉ、姉妹でお得セットってやつですね。これはなかなか…」
「何ですか!それは!」
…………
……
徐々に遠くなるかしましいやり取り。部屋には私一人だけとなる。三人がいなくなったとたん、シンと静まり返る室内。今日もそれなりに騒がしい一日だった。いや、私の一日はまだ終わっていないんだけどね。

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